資格がなくても、あなたは教えていい
小さな作り手の自衛手帖 — 「教える」をめぐる思い込みをほどく、最終回
*Isamu Hibari / Alaudae.JP*
はじめに:「私なんかが教えるなんて」
「編み方を教えてほしい、って言われたんです。でも私、資格を持っていないから……」
こんな言葉を、聞いたことがあります。もしかしたら、あなた自身も思ったことがあるかもしれません。お友だちに、ご近所の方に、SNS のフォロワーさんに「教えて」と言われて、うれしいのに、どこかで遠慮してしまう。「認定講師」の資格がないと、教えてはいけない気がして。
シリーズ最終回の今日は、この思い込みを、ゆっくりほどいていきます。結論を先に言ってしまいますね。
手芸を教えるのに、資格はいりません。誰の許可も、いりません。
「教える」は、もともと自由です
お医者さんや弁護士さんのように、資格がなければしてはいけないお仕事は、法律で決まっています。手芸を教えることは、そこに入っていません。編み物でも、かご編みでも、お裁縫でも。自宅で、公民館で、オンラインで。教えることは、はじめから誰にでも開かれています。
では、あちこちで見かける「認定講師」とは何なのでしょう。
あれは、その団体が「うちの教え方を修めた方ですよ」と認める、いわばその団体の中でのお免状です。それ自体は悪いものではありません。体系立てて学べる安心感もありますし、看板として役立つ場面もあるでしょう。
ただ、はっきりさせておきたいのはここです。あのお免状は、「持っていない人は教えてはいけない」という意味ではない、ということ。国の免許ではないのです。以前の回でお話しした「文部科学省認定」の講座も、認定されているのは講座の運営の仕組みであって、「この団体だけが教えてよい」という許可ではありません。
あなたが自分の手で身につけた編み方を、あなたの言葉で人に伝えること。それを止められる人は、どこにもいません。
ひとつだけ、気をつけたいこと
自由です、とお話しした上で、ひとつだけ大切な線引きを。これはシリーズ第一回からの、おなじみの区別です。
技法は自由。でも、他の人が作った「教材」はその人のもの。
たとえば、どこかの団体や作家さんのレシピ本をコピーして、そのまま生徒さんに配る——これは、あなたの作品写真は、法律が守ってくれるでお話しした著作権の世界の話になってしまいます。レシピの文章や図解は、書いた人の作品だからです。
でも、心配はいりません。答えはとてもシンプルです。教材は、自分で作ればいいのです。あなたが自分の手で覚えた手順を、あなたの言葉で書き、あなたの作品を、あなたが撮る。それはまるごと、あなたのものです。しかも——お気づきでしょうか——その自作の教材は、日付とともに残せば、このシリーズでずっとお話ししてきた「あなたが先に形にした」という記録にもなります。教えることと、守ることが、ここでひとつにつながります。
もうひとつだけ細かいことを。もしあなたが、どこかの団体の講座で学んだ身で、その団体との約束ごと(規約)に「教える場合はこうしてください」という取り決めがあるなら、それはあなたとその団体との約束なので、一度読み返してみてください。でも、独学で身につけた技法なら——本を読み、動画を見て、自分の手で試行錯誤して覚えたものなら——そうした約束ごとは、そもそもあなたには関係のない話です。
あなたの「試行錯誤」こそが、教室の宝物です
「でも、私の編み方は自己流だから……」
その言葉、じつは逆なのです。
考えてみてください。教わる方が知りたいのは、きれいな完成品の作り方だけではありません。どこでつまずいて、どう乗り越えたか。独学で覚えた人は、つまずきの場所を全部知っています。「ここ、最初はうまくいかないんですよね。私はこうしたら、できるようになりました」——この一言が言えるのは、自分の手で遠回りした人だけです。
きれいに整えられた教科書には、遠回りは載っていません。あなたの自己流は、弱みではなく、あなたにしか開けない教室の看板です。
筆者も、じつは初心者です
白状すると、筆者も教えるスキルなど持っていません。ただ、アイデアだけは無数に浮かんでくるたちで、それを形にする材料や道具がなければ、道具から自分で作ってしまう。人と同じことはせず、違うことばかりしている自覚はあります。だから教室も開いていませんし、開く予定もありません。
それでも、知りたいという方が、欲しいという方が、一人でもいれば——できるだけ協力する。決めているのは、それだけです。
そんな小さなやり取りが、知らないうちに良いご縁になって、こちらの製作意欲まで新しくしてくれることがあります。誰かが手芸の楽しさを知るきっかけに、自分の遠回りの経験が役立つ。教えるということの正体は、案外そのくらい柔らかいものなのかもしれません。
きょうできる、小さな一歩
教室を開きましょう、という話ではありません(開きたくなったら、それも素敵ですが)。今日はただ、紙とペンで、これだけを。
「私が人に教えられそうなこと」を、三つ書き出してみてください。
大きなことでなくていいのです。「編み目をそろえるコツ」「持ち手をきれいに付ける方法」「材料を安く手に入れる知恵」。三つ書けたら、それがあなたの財産目録です。誰かに「教えて」と言われた日のために、机の引き出しに入れておいてください。
そして、いつか小さな教室やワークショップを開く日が来たら——そのときは、このシリーズの道具たちが、まとめてあなたのお供をします。自作の教材には日付を。教室の記録は、じぶんの居場所に。お店や会場との取り決めは、ありがとうメールで。
むすびに——シリーズを閉じながら
六回にわたって、小さな作り手の自衛のお話をしてきました。振り返れば、こんな旅でした。
- アイデアは、日付のある記録で守る
- 写真は、あなたが持っている権利で守る
- 名前は、仕組みを知った上での選択で守る
- 居場所は、じぶんの小さなコーナーを持つことで守る
- 約束は、メール一本で守る
- そして「教える」は——守るものではなく、あなたがはじめから持っている自由でした
ぜんぶに共通していたのは、お金ではなく、ほんの少しの知識と、お茶一杯ぶんの時間だけで備えられる、ということです。
無名でも、あなたの作品はあなたのもの。あなたの経験も、あなたの言葉も、あなたのものです。それらを誰かに手渡す日が来たら、どうか遠慮なく、誇らしく。
長い旅にお付き合いいただき、ありがとうございました。今日も、明日も、よいものづくりを。