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売っていなかったので、作りました

| Alaudae.JP

——PPバンドの持ち手の作り方を変えた道具「フィラメンタ・スリット」ができるまで


手芸をしていると、ときどき「こういう道具があればいいのに」と思う瞬間があります。たいていは探せば見つかりますし、見つからなくても、なんとなくその作り方をあきらめて別のものを作ります。

この話は、あきらめきれなかったほうの記録です。

「ないわけではない」けれど、届かない

はじめに、正確に書いておきます。PPバンドを細く切る道具は、売っています。売っていない、と言ってしまうと嘘になります。

ただ市販のカッターはたいてい「何等分にするか」という考え方でできています。15mm幅のバンドを2等分、3等分、4等分。決まった刻みで細くする道具です。

これはこれで便利ですし、多くの場面ではこれで足ります。けれども、15mm幅を3等分すれば5mm、2等分すれば7.5mm。その間にある6mmや8mmがほしくても、出す手立てがありません。等分という仕組みそのものが、そういう使い方を想定していないからです。

あるようでいて、ない。探しても探しても出てこないのは、需要が小さすぎて誰も作っていないからなのだろう、と思うようになりました。

なぜ、ミリ単位が必要だったのか

正直に言えば、最初は「あったらいいな」程度でした。

考えが変わったのは、自分で作品を作るようになってからです。細い帯で編んだかごは、太い帯で編んだものとまったく表情が違います。目が細かくなり、線が静かになり、遠目にはプラスチックに見えなくなる瞬間さえあります。

同じPPバンドで、同じ編み方をしていても、幅がひとつ違うだけで別のものになる。それが分かってくると「あったらいいな」は「これがないと、行きたい場所に行けない」に変わっていきました。

道具が作品を決めてしまう、というのは手芸をされる方なら覚えのある感覚だと思います。私の場合、その壁が幅というかたちで目の前にありました。

一度、あきらめました

ないなら作ってもらおう。そう考えて、精密部品を作ってくださる会社のサイトを開きました。形状や材質を入力すると、その場で概算の見積りが出るしくみです。

数字が出ました。ひとつ数万円から、十数万円。

ページを閉じました。無理だ、と思いました。趣味の道具にかける金額ではありませんし、売るとしても、その値段の道具を買ってくださる方がどれだけいるのか想像がつきません。

こうしてこの話は、いったん消えました。

抜け道は、まったく別の場所にありました

それでも、頭のどこかには残っていたのだと思います。手が空くたびに、何か流用できるものはないかと調べていました。

そうして行き当たったのが、3Dプリンターでした。

自分の欲しい形を自分で設計して、そのまま出せる。見積りをもらう必要も、最低ロットを気にする必要もない。これなら、と直感しました。

調べてみると、家庭で使えるものには大きく2種類ありました。

ひとつは、樹脂を熱で溶かして少しずつ積み上げていく方式です。扱いやすく、日用品や部品を作るのに向いています。もうひとつは、液体の樹脂に光を当てて固めていく方式で、表面がなめらかに仕上がり、細かい造形が得意です。

細かい部品を作るなら後者、という話でした。ただ、こちらは薬品を扱うので置き場所を選びますし、においの問題もあります。作業場を用意できる環境ではありませんでした。

迷った末に、熱で積み上げるほうを選びました。材料込みで、およそ三十万円。貯金から出したわけではありません。分割で払っていく約束をして、手に入れました。

買ってから知ったこと

ここからが、思っていたのと違いました。

熱で積み上げる方式は、においがそれほど気にならないと聞いていました。ところが、実際に部品を作るために使うABSという樹脂は、加熱されるときにVOC——揮発性有機化合物と呼ばれるものを出します。

においの好き嫌いの話ではなく、体に良くないもの、という話でした。

道具を作るために買った機械が、そのままでは使えない。対策の装置は市販されていますが、そこでまた出費が重なります。

私は、これも自分で作ることにしました。

何をしているんだろう、と思った三か月

いま思えば、勢いで決めたところがあります。

最初の三か月は、うまくいきませんでした。作っては失敗し、直しては失敗し、そのたびに材料と時間だけが減っていきます。

細いバンドを切るための道具がほしくて始めたはずなのに、気がつけば私は、その道具を作るための機械を、安全に使うための箱を作っていました。目的から二段も離れた場所にいるわけです。

「これは無駄な努力ではないか」と、何度も思いました。やめてしまえば楽になる、とも思いました。手芸をされる方にも、途中でほどいてやり直したものが、二度目も三度目もうまくいかない夜があると思います。あれと同じ気持ちです。

それでも続けたのは、ここでやめると3Dプリンターそのものを使えなくなるからでした。三十万円が、置物になる。それだけは避けたかったのです。

それに、箱ができるまで何もせずに待っていたわけでもありませんでした。刷れる日には本来の目的だった道具の試作を進め、うまくいかない日には箱のほうを直す。そうやって、二つを行ったり来たりしていました。いま思えば、それが救いだったのかもしれません。片方で行き詰まっても、もう片方に逃げ場があったのです。

続けていると、ある日ふっと見える

さらに三か月かけました。合わせて半年です。

不思議なもので、あきらめずに手を動かしていると、ある日ふっと形が見えることがあります。理屈で考えて出てきたというより、それまでの失敗が頭のなかで勝手に並び替わって、答えのほうから出てくるような感じでした。

こうして、まったくオリジナルのVOC対策装置ができあがりました。誰かの設計を借りたものではありません。私の部屋の広さと、私の機械と、私の予算に合わせた、たった一台です。

安心して刷れるようになってからは、道具のほうに集中できるようになりました。

八か月、切っては直して

道具の設計そのものには、八か月ほどかかりました。箱と並行して進めていた期間も含めての、八か月です。

作っては切ってみて、切れ味を確かめては直す。刃の当たる角度、バンドの通り道、押さえる強さ。細い幅を安定して出すというのは、思っていたよりずっと難しいことでした。

始めたのが2025年の1月、形になったのが同じ年の12月です。一年のあいだ、部屋のなかでずっと何かが刷られていました。

そうしてできたのが、手芸のための新しい道具、「フィラメンタ・スリット」です。いまは商品としてお届けできるところまで来ています。

「約1mm」と書いている理由

幅を決めているのは、本体に差し込むスペーサーという薄い板です。白が14枚、銀が14枚、黒が2枚。全部で30枚あり、これを重ねる枚数で切り出す幅が決まります。最大で30mm幅の素材まで扱えます。

色が三種類あるのにも、わけがあります。黒は両端に置く分です。白と銀は、重ねたときに目で数えられるようにするためのものです。

たとえば白を三枚、次に銀を一枚、また白を三枚——というふうに並べていくと、四枚ごとの区切りがひと目で分かります。銀を続けて白を挟んでも同じことです。組み合わせを工夫すれば、数え直さなくても刃がどこに来るのかが見当をつけられます。

薄い板を何枚も重ねていくと、途中で何枚目だったか分からなくなるものです。そのたびに指で数え直していると手が止まってしまうので、色で分かるようにしておきたかったのでした。

商品の説明で、私はこの板の厚みを「約1mm」と書いています。「1mm」と言い切っていません。

理由は隠さずに書いておきます。家庭用の3Dプリンターで作っているからです。この方式には、厚みが完全には均一にならないという性質があります。外の精密加工に出せば、きれいにそろったものができるでしょう。ただそれをすると、あの見積りの世界に逆戻りです。ひとつ数万円から十数万円。手芸の道具として、それではお渡しできません。

そろわない分を引き受ける代わりに、手の届く値段でお届けする。「約」の一文字は、その選択の跡です。

樹脂で作ったから、手に持てます

本体も、留めているボルトもナットも、すべてABS樹脂でできています。金属を使っていないので、全部あわせて約120g。りんご半分ほどの重さです。

そのおかげで、机に固定して使うこともできますし、手に持ったまま、フリーハンドで切ることもできます。長く続けても手が疲れにくいので、台所でも、こたつでも、好きな場所で作業していただけます。

VOCのことであれだけ手を焼かされたABS樹脂が、最後にこの軽さをくれた。少し可笑しな気持ちになります。

刃は5枚まで、というのが答えでした

試作を繰り返すなかで、はっきり分かったことがあります。片手で安定して気持ちよく切れるのは、カミソリ刃5枚くらいまでだということです。

それ以上入れると摩擦が急に増えて、引くのに力が要るようになります。数字の上では何枚でも入りますが、使い心地は別問題でした。

そこで標準では5枚をお付けしています。ただ、力に自信がない方や、とにかく楽に作業したい方には、2〜3枚での片手作業をおすすめしています。実感としては、2枚がいちばん軽く、3枚になると少し引く力が必要になる、という感じです。

このあたりは好みも手の力も人それぞれですので、まず少ない枚数から試して、ご自分のちょうどよさを見つけていただくのがいいと思います。

いちばん差が出るのは、持ち手でした

道具ができてから、思いがけず気づいたことがあります。細い幅がいちばん効くのは、本体ではなく持ち手だということです。

はじめに、言葉をひとつ整理させてください。持ち手の編み方には、平たく組む平編みと、丸く組む丸編みがあります。

クラフトテープの世界では平編みをよく見かけます。紙の帯は素直に折れてくれるので、平たく組んでも無理がないのです。ところがPPバンドで同じことをしようとすると、硬さが邪魔をします。折り目が思うようにつかず、手間ばかりかかる。ですからPPバンドの持ち手は、ほとんどが丸編みです。この記事で持ち手と書いているのも、丸編みのことだとお考えください。

さて、PPバンドの持ち手の作り方を調べると、たいていは四本から六本の丸編みが出てきます。丈夫ですし、間違ってもいません。ただ、一本一本が太いぶん、どうしても硬く仕上がります。握ったときに手のひらへ沿ってくれず、少しごつい印象になるのです。

ここに細い帯を使うと、様子が変わります。同じくらいの太さに仕上げるのでも、六本から十二本と、本数を増やして編めるからです。

本数が増えると、編み目がぐっと細かくなります。密度が上がるぶん、握ったときに手のひらへ沿ってくれますし、見た目も引き締まって、かご全体が上品に見えるようになります。同じ場所に同じだけの材料を使っていても、細い帯を多く束ねたほうが、手にも目にもやさしい持ち手になるのです。

ちなみに当店の「フォルトゥーナパール」は、一般的なPPバンドより柔らかく作られています。細くすればなお素直に曲がりますので、丸編みはもちろん、避けられがちな平編みにも挑戦していただけます。

持ち手は、かごの中でいちばん人の目と手が集まる場所です。作品の印象は、実はここでほとんど決まっていると言ってもいいくらいです。

透明チューブが、持ち手の太さを決めていませんか

近ごろの持ち手は、二本から四本の丸編みを透明チューブに通して仕上げる形が多いようです。

これはよく考えられた方法だと思います。チューブが柔らかいので握り心地がやわらかくなりますし、編み目が透けて見えるのもきれいです。私も否定するつもりはありません。

ただ、ここで一度立ち止まってみてください。なぜ二本から四本なのでしょうか。

理由は単純です。それ以上の本数で編むと太くなりすぎて、チューブに入らないからです。六本の丸編みを通そうと思えば、内径の大きなチューブを探さなければなりません。

つまり、持ち手の太さをチューブが決めているのです。作りたい持ち手があってチューブを選んでいるのではなく、手元にあるチューブに合わせて編み方を決めている。順番が逆になっています。

もうひとつ、材質のこともお伝えしておきます。値段の安さだけでチューブを選んでいませんか。

長く使っているうちに、持ち手がべたついてきた経験はないでしょうか。握ると指に残るような、あの感じです。

あれは、柔らかい塩化ビニルのチューブに起きやすいことです。柔らかさを保つための成分が入っていて、年月とともに少しずつ表面へ出てきます。もともと人が毎日握り続けることを想定していない用途の品も少なくありません。透明で柔らかければ何でもいい、という話ではないのです。

かごは、お渡ししたところで終わりではありません。お客様の手のなかで、そこから何年も使われます。買ったときは美しかったのに、二年後にべたついて触りたくなくなった——そうなってしまえば、その作品はそこで終わりです。

安いから仕方がない、では惜しいと思います。高いものを選べという話でもありません。長く使えるものを選んでいるかどうか。そこに手間をかけた作品にこそ、値段以上の価値が残ります。

道具の都合に、作品を合わせない

こうして並べてみると、同じことが二度起きているのがお分かりになると思います。

チューブの内径が、持ち手の本数を決めている。そして市販のカッターの刻みが、使える帯の幅を決めている。どちらも、作りたいものが先にあるのではなく、手元の道具の都合に作品を合わせているのです。

「細い帯を、好きな幅で用意する」という一点が、市販のカッターでは越えられない壁でした。等分でしか切れなければ、持ち手に合わせて幅を決めることはできません。持ち手のほうを、切れる幅に合わせるしかないのです。

フィラメンタ・スリットは、その順番を逆にする道具です。作りたい持ち手があって、そのために幅を決める。同じPPバンドを使い、同じ編み方をしていても、他の方が用意できない幅を手元に持っているというのは、作品づくりにおいて決定的な差になります。

材料はどこでも買えます。編み方は本にも動画にも載っています。だからこそ、手に入る幅の種類が、そのまま作れるものの幅になります。

編み方は公開しています。応用してみませんか

正直に書きますが、私が公開している持ち手の編み方は、特別なものではありません。調べればどなたでも見つけられますし、その通りに編めば同じものができます。隠すつもりも、はじめからありません。

けれども不思議なもので、その編み方を応用して、別の形に発展させている方をまだ見かけません。みなさん、教わったままの持ち手をお作りになります。

これが、私にはもったいなく思えるのです。

あの編み方は、幅を変え、本数を変え、組み合わせを変えれば、まったく違う表情になります。ひと手間、ひと工夫を加えるだけで、「よくあるプラかご」から一段抜けた作品になる。私にはその絵がはっきり見えているのに、世に出てくるのは一般的な持ち手ばかりです。

ですから、もしこれを読んでくださっている方がいたら。まずは真似から入って、そのあと一度、ご自分なりに崩してみてください。幅を細くしてみる、本数を増やしてみる、途中で組み方を変えてみる。そこから先は、もう誰の作品でもない、あなたの作品です。

そして——ここだけの話ですが、いま持ち手のためのジグをひとつ、こっそり作っています。またご報告できる日が来ると思います。

おわりに

こうして書き出してみると、ずいぶん遠回りをしています。ほしかったのは、バンドを細く切る小さな道具ひとつです。それだけのために機械を買い、箱を作り、2025年という一年をまるごと使いました。

効率のいい話ではありません。同じことを人にすすめる気にもなりません。

それでも、ひとつだけお伝えしたいことがあります。「ないなら作る」は、特別な技術を持った人だけのものではない、ということです。私は誰かに教わったわけでもなく、専門の勉強をしたこともありません。失敗した回数が多かっただけです。

いま何かを探していて、どうしても見つからないという方がいらっしゃったら。それは、まだ誰も作っていないだけなのかもしれません。