口約束で泣かないための、メール一本
小さな作り手の自衛手帖 — 委託販売と「言った言わない」のお話
*Isamu Hibari / Alaudae.JP*
はじめに:うれしいお話が来たときこそ
「うちのお店に、あなたの作品を置いてみませんか?」
作り手にとって、こんなにうれしいお誘いはありません。雑貨屋さんの棚に、カフェの一角に、自分の作品が並ぶ。想像しただけで、顔がほころびます。
今日はそのうれしい場面での、ちいさな備えのお話です。これまでの回と同じで、こわい話ではありません。法律の話も、契約書の話も出てきません。出てくるのは、メール一本だけです。
「言った言わない」は、悪い人がいなくても起きます
委託販売やお店への卸で、あとから困りごとになりやすいのは、だいたいこのあたりです。
- お金の取り分——売れたら何割があなたに入るのか
- 売れ残った子たち——いつ、どうやって帰ってくるのか。送料はどちら持ちか
- 万一の破損や紛失——お店で壊れてしまったら、誰がどうするのか
- お支払いの時期——売れた月の翌月なのか、まとめてなのか
こうした取り決めが、お店の方との立ち話や DM のやり取りだけで、なんとなく決まっていく。それ自体は自然なことです。問題は、人の記憶は、悪気なく食い違うということ。
半年後、「あれ、送料はそちら持ちのお話でしたよね?」「いえ、うちがそう言った記憶は……」。どちらも嘘をついていないのに、話が合わない。そして小さな作り手の側が、たいてい飲み込む側になります。「これからもお世話になるし……」と。
その飲み込んだ気持ちは、ものづくりの楽しさを、静かに削っていきます。
契約書はいりません。「ありがとうメール」を一本だけ
「では契約書を交わしましょう」——と言えたら立派ですが、正直、言い出しにくいですよね。相手との関係も、まだ柔らかい段階ですし、堅苦しくしたくない気持ちもよくわかります。
だから、契約書はいったん忘れてください。代わりに、お話がまとまった日の夜、お礼のメールを一本だけ送るのです。
> ◯◯様
>
> 本日はお時間をいただき、ありがとうございました。
> 作品を置いていただけること、とてもうれしいです。
>
> 私の覚え違いがあるといけないので、本日お話しした内容を書いておきますね。
>
> ・お預けする作品:ハンドバッグ 5点
> ・販売手数料:売価の30%
> ・お支払い:売れた月の翌月末に、お振込で
> ・売れ残り分:3か月をめどに、着払いで返送
> ・展示中の破損など:その際にご相談
>
> 違っているところがあれば、お知らせください。
> どうぞよろしくお願いいたします。
これだけです。角が立つどころか、丁寧な人だという印象さえ残ります。
そしてこのメールは、このシリーズでずっとお話ししてきた、あの武器そのものです。日付のある記録。相手から「はい、その内容でお願いします」と一言返事が来れば、なお安心。万一「言った言わない」になっても、ふたりの記憶を助けてくれる紙切れ——ではなく、メールが、そこにあります。
大事なのは、確認のかたちを取ることです。「約束ですよね」と迫るのではなく、「私の覚え違いがあるといけないので」と、自分の記憶のほうを疑ってみせる。それだけで、同じ内容がまったく柔らかく伝わります。
決めていなかったことに気づくのも、このメールの効能
じつは、このメールを書こうとすると、面白いことが起きます。「あれ、売れ残りの話、してなかった」と気づくのです。
立ち話では、うれしさが先に立って、細かいことは飛びがちです。書き出してみて空欄になったところが、まだ決まっていないところ。そこは正直に書いてしまいましょう。
> ・売れ残り分の扱いは、お話ししそびれてしまいました。改めてご相談させてください。
聞きにくいことを聞く口実にも、このメールは使えるのです。
きょうできる、小さな一歩
いま現在、口約束だけで作品をお預けしている先はありませんか? もしあれば、今からでも遅くありません。近況報告をかねて、一本送ってみてください。
> いつもお世話になっております。作品はいかがでしょうか?
> そういえば、以前お話しした取り決めを、私の控えとして書き出してみました。
> 認識違いがあるといけないので、お目通しいただけるとうれしいです。
新しいお話が来たときのために、上のひな形をメモ帳に保存しておくのも、立派な備えです。かかる時間は、今日もお茶一杯ぶんです。
むすび
口約束が悪いのではありません。約束が、ふたりの記憶だけに置かれているのが心もとないのです。メール一本で、約束に日付と居場所を作ってあげる。それは相手を疑うことではなく、これからも気持ちよくお付き合いを続けるための、小さな心配りです。
うれしいお誘いは、うれしいまま。今日もよいものづくりを。