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火除けなのか、邪魔除けなのか

| Alaudae.JP

武家屋敷通りは、もう何年も歩いていません。


理由は簡単で、ここは私の生活道路ではなく、観光客の邪魔をしたくないからです。写真を撮っている人の後ろを、地元の人間がぬるりと横切る必要もない。そう思って避けているうちに、自分の町で一番有名な通りを通らないのが、すっかり普通になりました。通ることが多いのは日三市角館線で、こちらも観光客用の駐車場がありますが、元々、武家屋敷は無いので通らせて頂いてます。

その通りの南の端に、六十年ぶりに空いた土地があります。

何も建てない、という決定

角館の町の真ん中には「火除け」と呼ばれる帯があります。武家の住む内町と、町人の住む外町を分けるために、土塁を築いて空けておいた土地です。片方で火が出ても、もう片方まで届かないように。

大事なのは、これが余った土地ではないということです。町を造った人たちは、そこに何も建てないと決めました。使わないことに使う、という決定を下して、そのまま何百年も守った。空き地に見えて、実は一番はっきり意思の入っている場所だったわけです。

六十年の中断

その火除けの上に、長いこと役場が建っていました。町の役場として建てられ、市になってからも庁舎として使われ、およそ六十年。駅前に新しい庁舎ができたのを機に役目を終え、その後に解体されました。

解体が決まったころ、これでようやく火除けの復元を議論できる、という声が上がったのを覚えている方もいると思います。建物があるうちは話が進まなかった。無くなれば動くはずだ、と。広場にしては、芝生にしては、という意見も出ていたようです。

それから何年でしょうか。私の知る限り、まだ何も決まっていません。

同じ空白、逆の意味

今、あそこはまた空いています。見た目だけなら、江戸時代に戻ったことになります。

ただし意味は正反対です。昔の空白は、何も建てないと決めた結果の空白でした。今の空白は、決めていないから空いている空白です。同じ更地でも、中身が裏返っています。

何にするか、と聞かれても

正直に書きます。あそこの使い道は、私には全く浮かびません。

想像力がないからだ、と言われれば否定はしません。ただ、言い訳を一つさせてください。町中を見渡せば、空き地も空き家も増える一方です。歯が抜けたように、あちこちが空いている。その状態で、真ん中の一区画だけを切り出して「ここをどうしますか」と聞かれても、答えようがないのです。

要るのは使い道ではなく、順番です。どれを、誰のために、何のために先に手をつけるのか。その基準さえあれば、火除けは何番目かの話として答えられます。基準がないから答えられない。思いつかないのではなく、地図が配られていない。

誰のためかが、毎回わからない

もう一つあります。あそこを整えるとして、それは観光のためなのか、住んでいる人のためなのか。これが見えません。

見えないのは、この件に限った話ではありません。お祭りに観光客向けの有料席ができたときも、幸福度がどうという将来像を聞いたときも、デジタルがどうという話を聞いたときも、引っかかったのは同じ場所でした。良いか悪いか以前に、誰のためかが決まっていない。誰のためかが決まっていないものは、こちらで良し悪しを判断しようがありません。

火除けは、その一番わかりやすい実物です。町の真ん中に、誰のためか決まっていない土地が、更地のまま置いてある。

承知の上で、それでも

火除けを他の空き地と一緒にするな、という言い分はあると思います。伝建地区に接した、町の成り立ちそのものに関わる場所です。復元は使い道の話ではなく、戻す話であって、余所の空き地と順番を競うようなものではない、と。

これは筋が通っています。戻すこと自体に、私も反対する理由は持っていません。

ただ、戻した後で同じ問いが残ります。戻した土地は、誰のための土地なのか。観光客に見せるために戻すのか、ここに住む人間が使うために戻すのか。それを決めずに戻せば、きれいな更地がきれいなまま残るだけです。

火除けなのか、邪魔除けなのか

火除けは、火を防ぐために空けた土地でした。

では、今のあそこは何を防いでいるのでしょうか。

決めないでおけば、誰からも文句は出ません。何かに使うと決めた瞬間に、なぜそっちなんだ、なぜうちの町内じゃないんだ、という声が必ず出ます。決めないというのは、面倒を防ぐという一点にかけては実によく効く。火除けというより、邪魔除けです。

そして、ここまで書いて気がつきました。私が武家屋敷通りを歩かないのは、遠慮しているからというより、あの道に用がないからです。町で一番有名な通りが、そこに住んでいる人間の暮らしの外にある。避けているというより、はじめから動線に入っていない。

空き地も、たぶん同じです。誰のためかが決まらないまま置かれた土地は、誰の用にもならない土地として置かれ続けます。使われていないのではなく、使う理由が誰にも配られていない。通りが私の生活道路でないことと、火除けが誰の場所でもないことは、同じ絵の裏表だと思います。

火除けの上に、今は何も建っていません。強いて言えば、決めないという判断が建っています。

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