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「昭和は良かった」、本当に?

| Alaudae.JP

「昭和は良かったよねえ」という言葉を、最近また耳にした。いや、以前からずっと聞いている。テレビでも、ネットでも。うんうんと頷く人たちを見るたびに、私はひとつの疑問が頭をもたげる。

それ、本心か?

病院という、わかりやすい例

昭和生まれの私が言うのだから、一応聞いてほしい。昭和に良いことがなかった、などとは思っていない。それなりに良いものがあったのは認める。

でも「今より良かった」となると、ちょっと待てと思う。

試しに、病院の話をしよう。

難病を抱えて長く通院していると、病院という場所をいやというほど知ることになる。観光で訪れる場所ではない。月に一度、あるいはそれ以上、決まった場所に、決まった顔ぶれに会いに行く場所だ。だからこそ、環境の差が骨身に沁みる。

昭和の病院は、院内でタバコが吸えた。しかも、医師が診察室でスパスパやっていた。「先生、少し咳が出まして」と言う患者の顔に、紫煙を吐きかけながら「ふむ、それは心配ですな」とやっていた時代である。患者が咳をしているのに、なぜ煙を足すのかという話だが、それが普通だった。

看護婦さん——今でいう看護師さん——も、当たり外れが激しかった。外れを引くと、なぜか怒鳴られる。点滴の針を刺しながら舌打ちされる。年に一度の健康診断ならまだしも、毎月顔を合わせる相手がそれでは、病気で弱っているところにさらに消耗させられる。なんのために来ているのかわからない。

その分、当たりを引いたときの嬉しさは格別だった。やさしい看護婦さんに「お辛いですね」と言われただけで、もう心底癒された。当たりが稀だから、当たったときのありがたみが段違いだった、という言い方もできる。いや、それは当たり前を稀にしているだけで、喜ぶべき話じゃない。

今の病院はどうか。禁煙は当然として、清掃員さんのおかげで廊下も診察室も清潔だ。苦しくても、せめて環境だけは助けてほしい——その一点において、今の病院は昭和より圧倒的にいい。これは、長く通院してきた者として、自信を持って言い切れる。

子供が「うるさい」という話

もうひとつ、子育ての話をしよう。子供のいない私が言うのも変な話かもしれないが、まあ聞いてほしい。

昭和は子供が多かった。多いから泣くし、騒ぐ。それが普通だった。もし当時の喧騒をそのまま今の社会に持ち込んだら、それはそれで「五月蝿い」と言われるだろう。今の人たちが急に静かになったのではなく、人口の構成が変わったのだ。

私は、子供が泣いたり騒いだりするのは「仕事」だと思っている。だから何とも思わない。むしろ、子供の頃から妙に静かな子のほうが、少し不気味だ。何を考えているのか、想像がつかないから。

で、子供が騒ぐと、どこかで必ず「親の躾が悪い」「ゆとり教育が悪い」「道徳がなっていない」という声が出る。学校教育はここまで、家庭の躾はここから、と線を引きたがる。だがその線は、誰が引いても正解にならない。なぜなら、状況が人によって違いすぎるからだ。

そして何より——親というのは、どんな生き物でも最初は未経験だ。人間だけじゃなく、鳥も猫も、初めての子育ては手探りだ。育てる環境と過程で変わっていくのは当たり前で、最初から正解を求めるほうが無理な話である。もし最初から完璧な方針があって、全員がその通りに育てたとしたら、出来上がるのは同じ人間ばかりの、ひどくつまらない社会だ。

「違う」から「良かった」に見える

結局のところ、「昭和は良かった」という感覚の正体は、たぶんこれだ。

今と違うから、懐かしい。違うから、良く見える。

子供の頃の記憶は、良いところだけが残りやすい。怒鳴る看護婦さんは記憶から薄れ、やさしかった看護婦さんの笑顔は鮮明に残る。診察室の煙草の臭いは、「そういう時代の匂い」として懐かしさに変換される。人間の記憶とは、そういうものだ。

時代が違うからこそ、今より良かったと実感できる部分がある。それは本当だと思う。

ただ、現実に戻って問い直してみると——では今すぐ昭和に戻りたいか? 煙草まみれの診察室に戻りたいか? 怒鳴られるかやさしくされるかわからない病院に、毎月通い続けたいか?

たぶん、ほとんどの人は「いや、それは……」と言う。

「昭和は良かった」は、過去を美化する気持ちの話であって、現実の話じゃない。そして現実として言えば、少なくとも病院に関しては、今のほうがずっといい。それだけは、難病を抱えて平成・令和と通い続けてきた者として、自信を持って言える。