まわりが思うほど喧嘩してないし、強くもない
健康体だった頃――というより、馬鹿だった頃の話です。
気付いた時には「喧嘩慣れしてる」「ホジネ(非常識な)やつだ」と言われるようになっていました。
ホジネのほうは、今でも自分でそう思っているから否定しません。当たっています。
けれど「喧嘩慣れ」は違う。
漫画みたいな死闘を繰り広げた記憶なんて、数えるほどもない。というより、無い。
むしろ「短気で癇癪野郎」と言われたほうが、よっぽど納得がいきます。
瞬間湯沸かし器みたいに、何気ない一言でキレる。それは今でも変わらない。
しかもキレ方がランダムで、たいていはその場の雰囲気次第――と、本人は思っている。
たぶん、実際によく言われていたのは「喧嘩慣れ」ではなく「喧嘩っ早い」のほうでしょう。
短気で癇癪持ちなら、そりゃ喧嘩っ早くもなる。
私を知っている人なら「そうそう、それだよ」と膝を打つはずです。
ただ、喧嘩っ早くても、本当に喧嘩になったことは稀でした。
たいていは周りに止められて終わり。
だから拳に、人を殴ったという感覚がまるでない。おかげでキレイなお手手です。
――いやいや、お前は柔道をやっていたんだから、殴らずに投げるか、転ばすか、絞めるかだろう。
そう言われてしまえば、返す言葉はありませんが。
それでも三十まで、死闘と呼べるような喧嘩の記憶は、本当にひとつもない。
覚えていないだけかもしれませんけれど。
ただし、酒を呑んで大虎になった時の話は別です。
今だから正直に書きますが、私は呑んでも酔わない時と、酒に呑まれて記憶を失う時があります。
酔わない時は賢者モードで、拍子抜けするほど大人しい。
問題は、記憶を失うほうです。翌朝、目が覚める瞬間が怖かった気がします。
母親に突然叩き起こされて、怒鳴られる。そのたびに、心配をかけていました。
飲み歩きや祭りの時期になると「何事も無い」ように祈るような気持ちだった、と今でも言われます。
どうやら私は、酒に呑まれて大暴れしていたらしい。
記憶が飛ぶほど呑んで、周りの人にも、一緒に呑んでいた人にも、多大なご迷惑をおかけしました。
だからでしょうか。
これ以上迷惑をかけさせないために、神様がわざと「難病」を植え付けたのかもしれない――そんなふうに思うこともあります。
病気をしてから、酒はやめました。母親は心配事がひとつ減ったと喜んでおります。
もっとも「癇癪は治らないから同じだ」とも語っておりますが。
私を知る人は、たぶん私を「キカネ(暴れん坊)」と呼ぶでしょう。
けれど本当のところ、私は弱虫で、強く見せているだけだとしか思えません。
理由は幼少期にあります。
「ワラシ(子供)」の頃の私は、泣き虫で、ションベン垂らしで、くそ垂らしでした。
よくある話でしょう。
泣き虫でションベン垂らしだった子が、いつの間にかこんなに立派になって――。
私の場合は、単に大きくなっただけですけれど。
でもまあ、独活の大木のおかげで、無駄な喧嘩をせずに済んだ気もします。
それはそれで、悪くない。