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平和ボケしたマスコミの戯言には呆れる

| Alaudae.JP

読売新聞オンラインに掲載された、クマの人身被害に関する記事に、私は強い違和感と怒りを覚えています。

”クマ人身被害、9割が顔面負傷…襲われたら専門家「首の後ろで手を組み体を丸め防御姿勢を」”

この記事の見出しと内容、そしてそれをあたかも絶対的な正解であるかのように報じるマスコミの姿勢に、私は「平和ボケ」という言葉しか思い浮かびません。

「防御姿勢」は現場で取れるのか?

秋田大高度救命救急センターの教授が推奨する「防御姿勢」—襲われた時に顔や頭部を守るために首の後ろで手を組み、体を丸めるという姿勢。

確かに、専門家は「最悪の場合に負傷が軽減される可能性」を伝えているのでしょう。しかし、実際に体長1メートルを超える獣に突如襲われた人間が、恐怖とパニックの中で、冷静にこの「防御姿勢」を取れるでしょうか?

教授の言葉をそのまま引用した記事には、「反撃されないと分かれば、クマは数分で立ち去るという。」とあります。しかし、その「数分間」は、現場で遭遇した人間にとっては想像を絶する、数時間にも感じるであろう恐怖の時間です。この間、無抵抗でいられるという保証はどこにもありません。

報道のプロとしての責任放棄

私が最も憤りを感じるのは、この記事を書いた記者の報道姿勢です。

一人の専門家の意見を、まるで「クマに襲われた際の唯一の正解」であるかのように、大きな見出しで報じ、そのまま記事を終えていること。

私たち一般人よりも遥かに情報共有が豊富であるはずの報道記者が、なぜ一つの意見だけで結論づけてしまうのでしょうか?

.他の専門家の意見は?(「反撃も必要」「別の防御策」など)

.過去の被害事例における教訓は?

.なぜクマは人里に降りてくるのか?(本質的な問題)

これらの多角的な視点や、被害に遭う可能性のある住民の切実な声が一切欠けていることに、私は大変失望します。

「反撃しないと立ち去る」は危険すぎる性善説

記事が前提とする「反撃しないとクマは立ち去る」という考え方は、ヒグマであれツキノワグマであれ、を相手にするにはあまりにも危険な性善説です。

クマは人間のような理性を持ち合わせていません。彼らは自己の生存本能と縄張り意識、そして目の前の動くものへの興味で行動します。

歴史上、人間がクマに食い殺された事件もあるにもかかわらず、「人間感覚な平等権利」を獣に主張するつもりなのでしょうか?

もちろん、無益な殺生は避けるべきですが、人命の危機に瀕した状況において、「無抵抗が最善」とする論調は、あまりにも現実離れしています。最終手段として反撃せざるを得ない状況、そしてそのための知識についても、報道する責任があるのではないでしょうか。

「ゴミ記事」で終わるマスコミの権力

マスコミは、社会に対し大きな影響力を持つ「権力」です。その権力を利用して、これほどまでに薄っぺらで、現実を無視した、一つの極論で片付けたかのような「ゴミ記事」しか報道できないのでしょうか。

今回の記事は、現在のマスコミが抱える「事実の検証や多角的な視点の提示を怠り、手軽な情報とセンセーショナルな見出しで済ませてしまう」という、報道姿勢の病巣を象徴しているように感じます。

我々一般市民は、こうした「平和ボケしたマスコミの戯言」に惑わされることなく、現実的な知識と対策を、自ら模索していく必要があると強く感じます。