誘致企業第一号は、どうなったのか
これまで三本、書いてきた
一本目では「幸福度全国No.1」を掲げる市が、その幸福度をどう測ってきたかを書いた。目盛りが途中で変わり、集計の単位が変わり、項目の数が増えたり減ったりしていた。幸福度は上がっているのに、住みやすいと答えた人は減っていた。
二本目では、消えた選択肢のことを書いた。市民意識調査に「別のところへ移りたいが移れない」という選択肢があって、一割以上の人がそれを選んだ。その選択肢は、次の年から消えた。理由は書かれていない。
三本目では、実証実験のことを書いた。五年続けても、市民の満足度は上がらなかった。それどころか、五十六ある施策の中で、いちばん不満が高い施策になっていた。
三本に共通していたのは「測り方」の話だった。
今回も同じ話である。ただし今度は、物差しが変わったのではない。物差しが、最初から動かないものだった。
三年半前、市は数字を一つ約束した
三年半前、仙北市は一社の企業を「誘致企業第一号」に認定した。県も同じ日に認定し、企業立地協定を結んだ。式典があり、報道もされた。
そのとき市が出した「誘致企業の概要」という二枚の紙が、今も市のサイトに置かれている。角館駅周辺という進出予定地の地図まで付いている。
そこに市はこう書いた。
従業員 操業時 二名
将来 五十四名
狙いも書いてある。その会社は「IT企業で働きたい市民の受け皿となり、行政及び地域のDX推進を進めていく」のだという。
五十四名。市が自分で市民に見せた数字である。
私が知りたいのは、その後だ。三年半が経って、五十四名はどうなったのか。
一年後、市は「十名」と答えた
市は把握していた。少なくとも最初は。
一年後の議会で、市長はこう答えている。
「誘致企業である〔社名〕では、特に代表取締役を含め十名の雇用があり、これは一般的な試算でありますが、従業員や訪問してくる関係者の消費により地域への経済効果は年間七千万円を超えるものになると予想されます」
十名。代表取締役を含めて十名である。
これを少ないと言うつもりはない。事業を始めて一年で十人雇ったのなら、立派なことだと思う。計画が五十四名だっただけの話だ。
そのあと、数字が出てこない
私が見つけられた数字は、これ一つだけだ。
その後の本会議の会議録を当たってみたが、この会社の雇用が何人になったかを更新した答弁は見つけられなかった。委員会の記録までは追っていないので、どこかで語られているのかもしれない。
ただ少なくとも、市民が探しやすい場所にはない。
三年目、市の評価は「未計測」で終わった
今年三月、市は新しい総合計画を作った。第三次仙北市総合計画である。計画を作り替えるときには、前の計画がどうだったかを評価する。
誘致は「企業立地の推進と企業活動の支援」という施策に入る。この施策の達成度を測るために市が置いていた指標は、一つだけだった。
労働力人口における就業率 目標九十七パーセント
実績の欄は「未確定」。評価の欄は「―」。未計測、という意味である。
理由も書いてある。この数字は国勢調査から取るもので、公表は二〇二七年五月の見込みだという。計画は今年三月で終わったから、間に合わなかった。
農林商工部は、自分の言葉でこう総括している。
「残りの4指標については、国の統計数値を目標値としたことから公表時期が翌年または翌々年となり、計画期間内での評価ができませんでした」
計画期間内での評価ができませんでした。
ここで一本目とつながる。あのときは、幸福度の物差しが毎年のように変わっていた。今度は、物差しが計画の終わりまで動かないものだった。
形は逆だが、市民から見れば同じことだ。結果が、見えない。
三年をたどると、こうなる。一年目、議会で十名と答えた。その後、更新された数字は見つからない。三年目、計画の評価は未計測で終わった。
市は直そうとしている。ただし、来年度から
新しい計画では、全部の施策に毎年測れる指標を置き直した。企業誘致の施策の背景の欄には、市はこう書いている。
「地域の強みがあるにも関わらず企業誘致に活かされていない」
市は分かっている。そのうえで、新しい達成水準の一つがこれだ。
二〇二六年度以降、市の誘致企業認定を受けた企業の採用者数(累計)
二〇二九年度末までに 二十八人
ようやく、市は誘致企業が何人雇ったかを数えることにした。それはいいことだと思う。
引っかかるのは、頭に付いた四文字だ。
二〇二六年度以降。
三年半前に認定した一社の分は、この数え直しには入らない。認定から今年三月までの三年間に何人になったのかは、これからも数えられない。
もう一つ、並べておきたい数字がある。市の誘致企業認定は、制度が始まってからの累計で十七件になっている。その十七社が、これから四年で二十八人。
一社の計画が、五十四名だった。
市長は、反省を口にしている
さきほどの「十名」の答弁には、続きがある。同じ日、市長はこうも言っている。
「国家戦略特区やSDGs未来都市、近未来技術の実証等、目新しい概念的に魅力的な施策に注力してきた結果、二〇一六年に策定した人口ビジョンの十年後の推計である二〇二五年二万四千九十二人を二〇二三年時点で既に下回り、二万三千八百三十五人となりました」
目新しい概念的に魅力的な施策に注力してきた結果。
市長自身の言葉である。
ここで三本目とつながる。私が実証実験について書いたことを、市長は議会でもっと早く言っていた。そして市民意識調査では、その分野の施策に対する不満が、五十六ある施策の中でいちばん高かった。
市長の言葉と、市民の答えは、同じ方向を向いている。
だから私は、この文章を「市が何も考えていない」と言うために書いているのではない。市は反省を口にしている。それは記録に残っている。
それでも、試算は語られ続ける
ただ、同じ答弁には、こういう部分もある。
インターナショナルスクールについて、市長は開校に向けた手続に入っていると述べ、さらにこう続けた。
「仮に一般的な授業料で二百人規模のインターナショナルスクールが新たに開校された場合、学生や教員の生活費、保護者の訪問による支出などで地域への経済効果は年間九億円を超えるものになると試算されています」
年間九億円。
それから二年経った今年六月の議会で、市長はこう答えている。
「今後も仙北市で開校をするというふうな意思を示していただいておりますので、いつというふうに区切るつもりはありません」
同じ日、開校を断念した場合はどうするのかと問われて、市長は次の学校の誘致に動くと答えている。
九億円は語られた。二百人も語られた。開校の時期は、いま区切られていない。
並べてみて、思うこと
この市では、これから起きることの試算はよく語られる。年間七千万円、年間九億円。数字は具体的で、大きい。
起きたあとの数字は、あまり語られない。十名という数字は一度出て、その後は更新されず、計画の評価は未計測で終わった。
試算は希望だ。希望を語ることは、悪いことではない。
ただ、希望を語った人には、結果を語る責任がついてくると思う。
擁護する言い方はできる
企業誘致の成果が出るには時間がかかる。産業政策は大きな数字でしか測れない面がある。国勢調査の周期は市の都合では動かせない。会社が進出後にどう経営を変えようと、それは民間の判断だ。学校の開校が遅れているのも、相手のある話である。
どれも、その通りだと思う。
それでも引っかかる。
認定して、協定を結んで、式典をやって、五十四名という数字を市民に見せた。その数字を追いかける仕組みだけが、どこにもなかった。
私が言いたいこと
私は、誘致をやめろとは思っていない。来てくれた会社に文句を言いたいわけでもない。角館に会社が増えるのは、いいことだ。
ただ、始めたことの結末を市民が知る手段がないのは、おかしいと思う。
うまくいったなら、うまくいったと言えばいい。届かなかったなら、何が足りなかったかを書けばいい。書けないほど難しい話ではないはずだ。少なくとも、国勢調査が出てくるのを二年待つよりは早い。
第三次総合計画には「進捗状況を継続的に検証・公表する体制を整備しました」と書いてある。整備したのなら、見せてほしい。
幸福度全国No.1を目指すというなら、その手前に、やったことの結果を市民に見せる作業があるはずだ。それは日本一を目指す仕事ではなく、当たり前の仕事だと思う。
その答えがないまま時を進めようとする感覚が、私には理解できないし、賛同できかねる。
読んでほしい
数字はここまでにする。
第三次仙北市総合計画は、市のサイトに置いてある。前の計画の評価は、その四ページから八ページだ。誘致企業の概要の紙も、認定を知らせるお知らせの中にまだ残っている。市議会の会議録も、検索システムで誰でも読める。私が引用した答弁は、全部そこにある。
これは、仙北市民が知っておくべきことだと思っている。だから場所まで書いた。
私が見つけられたのだから、誰でも見つけられる。いや、見た方が良いと思う。