役を取りに来る人
役を取りに来る人
前に「街が廃ればお祭りはできない」という文章を書きました。三日間は積み重ねた結果であって、積み重ねるための道具ではない。そういう話でした。
書いたあとで、あれには具体例がひとつも入っていないことに気づきました。順番が逆になっている、と言っただけで、逆になっているとどう見えるのかは書いていません。
なので今回は、その一例を書きます。三十年ほど前の話です。
役には、中身がある
角館のお祭りは、神明社と成就院薬師堂という、神様と仏様の両方の祭りです。七日が神明社の宵祭り、八日が神明社の本祭りと薬師堂の宵祭り、九日が薬師堂の本祭り。神仏習合の名残で、こういう形は珍しいのだそうです。
そして、曳山の動きには上りと下りがあります。神明社や薬師堂への参拝、あるいは佐竹北家への上覧に向かうのが上り山、その帰りが下り山です。下り山は上り山に道を譲ります。
ここが肝心なところだと思っています。
やまぶっつけは、鉢合ったときにどちらが譲るかの交渉が決裂して起こります。では、なぜ譲る側と譲らない側が決まるのか。上りだからです。行くべき先があるからです。
参拝という行き先があるから、交渉に理屈が立ちます。両方に目的があるから、交渉が交渉になります。それを抜いてしまえば、残るのは勝った負けただけです。
つまり参拝は、三日間のおまけではありません。あれがあるから、あの三日間の形が成り立っています。国の重要無形民俗文化財に指定されているのも、ぶつかることではなく、この行事の全体です。
そして曳山の正責任者は、その上り山を上げる役です。それがこの役の中身です。
わたしが見た、ある年のこと
責任者の決め方は、こういう流れでした。まず立候補を募る。誰も出なければ推薦。複数いれば、そこに集まった若い者で選挙。
その年は、立候補する人がいることが初めから分かっていました。
けれど、その人は集合の時間に来ませんでした。そして、時間に遅れたという理由で却下になりました。そのまま、新しい正責任者が決まりました。
わたしはその場にいましたが、止めることはできませんでした。若かったから、というのは言い訳になりません。というより、その場はもう新しい正責任者を誕生させる雰囲気になっていて、抗っても無駄でした。
遅刻は落ち度です。それは間違いありません。ただ、その落ち度をもって却下したことで、この役の中身をやる気があるかどうかは、誰にも問われないまま終わりました。
そして、決まったその人は、その年、神明社の参拝に上がりませんでした。参拝の時間に、近くの店で食事をしていました。
一度きりの話なら、事情があったのだろうで済みます。人には言えない理由もあります。
けれど、わたしの知るかぎり、その人は毎年そうです。正責任者だった年に限りません。神明社には上がらず、薬師堂には上がる。ずっとそうしています。
毎年通しているのなら、それは怠けではありません。ひとつの態度です。
では宗旨の話かというと、それも当てはまりません。神仏のどちらかを拝まないという考え方を持つ宗旨は、たしかにあります。ただ、その手のものは大抵、神様も仏様もまとめて対象外になります。神社は駄目だが薬師如来は良い、という形にはなりません。
教えに従っているのでもなく、その日の気分でもない。本人なりの理由が何かあって、それを長年通している。そう受け取るほかありません。
そして、その理由が何であれ、わたしは口を出す気はありません。拝む拝まないは、その人のものです。
わたしが今も引っかかっているのは、そのあとです。
「奢るから一緒に食べてくれ」
その人は、そう言って人を誘いました。わたしもその場にいました。
この言葉が出るということは、どういうことでしょうか。
奢るというのは、対価です。対価を出した時点で、相手の参拝に値段がついています。食事一回分の値段です。
自分の考えを自分で通すのは構いません。けれど、その考えを人にまで広げるのに、その人が用意したのは食事一回でした。他人の参拝には、その値段がついていた、ということです。
そして、自分が重いと思っているものを、人からその値段で買おうとはしません。裏を返せば、本気で自分の考えを守っている人ほど、これは自分だけの事情だと分かります。分かっていれば、黙って外れます。人は誘いません。
誘えるということは、少なくとも、これは自分だけの事情だという自覚がないということです。わたしが引っかかっているのは、そこです。
役は欲しい。中身は要らない
では、その人はなぜ役を欲しがったのでしょうか。
正責任者には、参拝以外に付いてくるものがあります。曳山の進退を決める権限です。鉢合ったときに譲るか押すか、どこまで待たせるか、誰の顔を立てるか。あの三日間で、丁内の人間が一番はっきり動く場面の判断を握ります。丁内での格もつきます。若い衆への指揮もあります。
参拝を抜いても、この部分は何ひとつ減りません。
だから、こう考えるほかありません。その人が欲しかったのは権限のほうで、参拝は権限に付いてきた面倒な条項だった。
交渉の醍醐味を味わいたい。それ自体を、わたしは悪いことだと思いません。むしろ正責任者に憧れる若い者の大半は、これを味わいたくて憧れるのだと思います。
ただ、憧れることと、就くことは別の話です。
正責任者になるということは、三日間の外側にも大事なことがあると分かっている人間がすべきだ。わたしは今もそう思っています。
そして、この場合はもっと手前の話です。上り山を上げる役と、その参拝には上がらないという自分の考え。この二つは、どう並べても両立しません。両立しないと分かっていて、それでも役のほうを取りに行った。捨てたのは、役の中身のほうでした。
選び方に、中身を問う場面がない
ただ、その人ひとりを責めても仕方がありません。
その人が神明社に上がらないことは、毎年のことです。丁内の者なら、みな前から知っていました。知らずに選んだのではありません。神明社には上がらないと分かっている人を、神明社に曳山を上げる役に就けた。それが、あの場で起きたことです。
ひとりでは役は取れません。あの場で却下が通ったのは、通る雰囲気がすでにできていたからです。わたしも抗えませんでした。そして翌年も同じ選び方をしたのなら、丁内はそれで構わないと判断したことになります。
つまり、選び方のほうに、その役の中身をやる気があるかを問う場面が最初からありません。立候補、推薦、選挙。手順としては何ひとつ間違っていません。それでも、決まるのはその場の熱量と押しの強さです。
それだと、一番欲しがっている人が勝ちます。そして一番欲しがるのは、たいてい、中身ではなく格のほうが欲しい人です。中には、名前を売りたいだけの人もいます。
その人を責めても、来年また同じ人が出てきます。決め方を変えなければ、何度でも出てきます。
わたしがやめた理由
わたしは三十年ほど前にお祭りへの参加をやめました。前の文章では、やめた人間に言う資格はないかもしれない、と書きました。
やめた理由を、今回は書き足しておきます。
先に書いておくと、わたし自身は正責任者になりたいと思ったことが一度もありません。周りからは候補だと言われていましたが、自分が人の上に立つ人間ではないことは、子どものころから分かっていました。性格には向き不向きがあります。わたしの場合は、完全に不向きでした。
だからこれは、取れなかった人間の話ではありません。
やめたのは、しんどかったからでもありません。ぶつけるのも、待たされるのも、寒いのも、意味があると思えていればやります。
上に立つ人が、その大事な意味の部分を分かっておらず、引き受けてもいないと知ってしまったからです。そう分かった瞬間から、こちらだけが真面目にやっている構図になります。それに気づいて、なお続けろというのは無理でした。
似た理由で静かに離れた若い者は、おそらく相当な数いると思います。
厄介なのは、この抜け方が数字に出ないことです。曳山は今年も十八台出ます。人手が足りなければ外から呼びます。丁内から見れば、去年と同じにお祭りは成立している。誰がなぜ来なくなったかは、どこにも集計されません。
減ったのは頭数ではなく、意味を引き受ける気のあった人の割合のほうです。そこだけ、誰も見ていません。
三百六十二日を、誰が引き受けるのか
前の文章では、三日間をどう盛り上げるかの相談は毎年されるが、三百六十二日をどうするかの相談はどれだけされているか、と書きました。
今回はもう少し手前の話です。
その三百六十二日を引き受ける人を、わたしたちはどうやって選んでいるのでしょうか。
そこで苦労している丁内は、うちだけではないはずです。
寄付を集めて回る足、断られたときの気まずさ、曳山の準備、ふだんの町内行事。どれも三日間には映りません。写真にも残りません。
三日間の見せ場だけを取りに来る人に、その部分は回りません。回らないまま、誰かが黙って埋めています。
それが続くうちは、外から見て何も壊れていないように見えます。当日だけは形が整うからです。
壊れるのは残りの日数のほうで、そこは誰も見ていないから、壊れきるまで気づかれません。五年後、十年後に、なぜか人が集まらないという形で出てきます。
そのときには、原因を作った人はもう役から降りています。誰にも問えません。そして、問えないまま何も変わらないのを見て、また若い者が離れていきます。
問われないもの
先に「角館の良いところを、数日考えた」で、寄付の話を書きました。うちが出す額を下げていったら、ある年から集めに来なくなった、という話です。詳しくはそちらに譲ります。あのとき分かったのは、集めに来ていたのは丁内の一員かどうかを確かめるためではなく、額を取りに来ていたのだ、ということでした。
同じ文章に、住んでいる人が誰も責任ある立場に関わっていないのに寄付だけは求められ、外から来る参加者の言うがままに曳山を新造している丁内がある、という話も書きました。聞いた話なので、真偽はわたしにも分かりません。ただ、似た形はほかにもあるだろうと思っています。
並べてみると、どれも同じ形をしています。
正責任者を選ぶとき、その役の中身をやる気があるかは問われません。寄付を集めるとき、その家がまだ丁内の一員でいたいと思っているかは問われません。人手を集めるとき、その人がこの丁内の何を引き受けるのかは問われません。
問われるのは、役に就く人がいるか、額が集まるか、頭数が足りるか。それだけです。どれも当日までに間に合えばいい数字です。
中身を問わずに、形だけを揃える。三日間は、それで成立します。
三百六十二日は、それでは成立しません。
続けたいと本気で思うのなら、考えるべきは三日間をどうするかではありません。三百六十二日のほうを誰にやらせるかを、どう決めるかです。