目で見抜く時代は終わりました ― 「騙される前提」の免疫、2026年版
冬は雪寄せ、夏は猛暑日。体がいくつあっても足りません。そして地元新聞はといえば、クマの出没と詐欺被害が、もはや定位置の常連です。
さて。今年1月に「完璧な詐欺対策なんてない?」と書きました。AIの進化で詐欺はビジネスとして組織化され、動画も声も本物そっくりのフェイクが量産される――そう書いてから半年、状況は良くなるどころか、さらに一段進んでいます。
かつて詐欺サイトや詐欺メールには親切な目印がありました。日本語がどこか変で、写真が粗く、値引きが非常識。だから私たちは「検品」で戦えたわけです。文面を眺め、粗を探し、鼻で笑って閉じる。あの牧歌的な時代は、終わりました。今の偽物は、翻訳AIのおかげで、下手をすると私たちより丁寧な日本語を書きます。写真は本物の店から盗んでくるのだから、本物そのものです。「変な日本語だから分かる」という長年の防波堤は、静かに沈みました。
これは、サイトを運営している身として肌で感じていることでもあります。うちのような田舎の小さなサイトのログにさえ、深夜も休日も関係なく、機械が鍵をガチャガチャ試していった記録が毎日律儀に残っています。相手はもう「どこかの悪い人」ではなく、休まず、恥じず、改善を続ける稼働中の工場です。向こうは専業、こちらは生活の合間の片手間。その条件で「見た目の粗探し」の勝負を挑むのは、腕の問題ではなく、土俵の選び方の間違いです。
「騙される前提」の中身を、更新します
6年前「詐欺はあなたの隣にいる」という記事で、騙す奴が悪いのは当然として、騙される側にも甘さがある「騙されない」ではなく「騙される」を前提に免疫を付けろ、と書きました。この考えは今も1ミリも変わりません。最後は自己責任です。
ただし、2026年の追記が必要です。その免疫の中身は「注意力」や「気合い」では、もう持ちません。注意力というものは、疲れた日、急いでいる日、どうしても欲しい物がある日に、きれいに切れるからです。クマの記事で「心の隙間」と書きましたが、隙間は誰にでも、必ず開く日が来ます。だから開いた日の自分に判断させない。免疫は頭ではなく、段取りに仕込みます。自己責任を果たすというのは、精神論ではなく、この段取りを前もって組んでおくことだと私は思います。
段取りは、四つで足ります。
一つ。メールアドレスを使い分ける。全部を一つのアドレスにまとめず、金融用、買い物用、ふだんの連絡用と切り分けておく。こうしておくと、届くはずのないアドレスに届いたメールは、それだけで正体がばれます。銀行を名乗るメールが買い物用のアドレスに来た時点で、中身を読む必要すらありません。新着に慌てることも減ります。面倒なのは、最初の使い分けと移行作業ぐらいです。
二つ。入口を固定する。メール、SMS、SNSの広告――届いたリンクからは入らない。あれは「きっかけ」であって「入口」ではありません。入口は、いつものブックマークと公式アプリだけ。本物の用件なら、正面玄関から入り直しても必ず会えます。電話も同じで、身に覚えがなければ一度切って、公式の窓口へこちらからかけ直す。1月に書いたとおりです。
三つ。金の通り道を選ぶ。支払いは、万一のとき補償の相談ができる方法を基本にする。そして、個人名義の口座への前払いが出てきた時点で、そのサイトの審査は終了です。「コンビニで電子マネーを買って番号を送れ」に至っては論外。安いかどうか、日本語が自然かどうか、もう考える必要すらありません。悩む時間がもったいない。
四つ。急かされたら、降りる。「本日限り」「残りわずか」「今すぐ手続きを」は、全部向こうの都合です。一晩置いたら消えてしまう得は、最初から得ではなかったのです。
「まず自分で検索して裏を取る」は、この四つの前にある基本動作として据え置きです。検索もせず、一晩も置けず、見知らぬ個人口座に振り込むなら――正直、それは詐欺師の側から見れば、ただの上客です。
それでも、やられてしまったら
段取りが最後に守り切れないのは、「早く得したい」という自分自身の欲です。成功の秘訣とやらが今日も売れ続けるのは、売る側が減らないからではなく、買いたい側が絶えないから。段取りとは結局、いちばん心の隙間が開いた日の自分に、金の決定権を渡さないための仕組みなのです。
完璧な詐欺対策なんてない、と1月に書きました。訂正はしません。無いままでいいのです。絶対に泥棒に入られない家が無いのと同じで、完璧というものは最初から売っていません。ただ、「隣より面倒な家」にすることはできます。詐欺は善悪の前に、まず効率の商売です。入口を固定され、前払いを断られ、一晩待たれる客は、連中にとってただの赤字。面倒な客から順に、カモのリストから外されていきます。
そして、それでも万一やられてしまったら――そのときだけは、自己責任だと自分を責めて黙り込むのが一番の悪手です。恥ずかしがらず、家族でも警察でも公的窓口でも、とにかく早く相談してください。「あの時、相談して良かった」と、いつか笑い話にできる側に回りましょう。
目を鍛えるのは、私はもうやめました。鍛えるのは、段取りのほうです。