甘い想いで
皆さんは、現実に目の前に理想の女性が、それも同時に何人も出現した経験はありますか。
私はあります。それも三人同時でした。
中二病ならぬ「不二の病」の「寅さん病」を持つ、私にとっては一大事。
しかも、その存在に気づいた時には、既に遅し。何もできないまま、夏が終わりました。
なんでそんなことになったのか。いまだに謎です。
まず、病名の説明からさせてください。
「男はつらいよ」の車寅次郎は、毎回マドンナに惚れます。そして毎回、何もしないで旅に出ます。惚れる速さだけは日本一で、動く速さは世界で最後。私の病名は、そこから頂きました。
中二病が、自分を実物より大きく見せたがる病だとすれば、不二の病はその逆です。相手が二人といない人に見えて、自分は二人といない駄目な男に見える。だから近づけない。名前を呼ぶことさえできない。惚れっぽさだけは一人前で、行動はいつもゼロでした。
私が三十前後の頃の話です。いい歳をして、と自分でも思います。
きっかけは趣味の集まりでした。
その集まりで、私は一人の男性と気が合いました。話していて楽しい人で、そのうち家に呼ばれるようになりました。奥さんがいて、娘さんがいて、集まりの仲間が何人も出入りしている、そういう家でした。
その家に、三人いたのです。
一人目は、奥様でした。実はテレビで見て気になっていた人で、まさか本当に目の前に現れるとは思ってもいません。目が点になって、その次に心臓が鳴りました。三十代の、友人の奥様。私の理想は、出会ったその瞬間にもう、手の届かない場所にいたわけです。
二人目は、その娘さんでした。まだ十代です。ある時、突然「好き」と言われました。本気なのか冗談なのか、私には分かりません。何と返せばいいのかも分からず、たぶん私は、笑ってごまかしたのだと思います。三十前後の大人が、です。情けない話ですが、あれが精一杯でした。
三人目は、集まりの仲間だった二十代の人です。ポニーテールがよく似合う人でした。明るくて場を盛り上げることが上手く、何を話しても飽きるということがなく、いつまでも隣に座っていたいと思わせる人でした。
三人とも、顔がどうだったかは、実はもうあやふやです。覚えているのは、そんなことばかりです。「理想の女性」などと書きましたが、要するに私が勝手に理想を貼り付けただけの話で、あちらには何の関係もありません。
あの夏、私の頭の中では毎日、話が進んでいました。声をかける場面。断られる場面。なぜか結婚式まで。頭の中だけは大変な忙しさです。
ところが現実の私は、その家に上がり込んで、みんなと一緒に笑っているだけ。何ひとつ始まってなどいない。当たり前です。
今になって分かるのは、私が見ていたのは彼女たちではなく、彼女たちを見ている自分だった、ということです。私は一人で主役をやっていました。あの三人はそれぞれ、自分の人生の主役として、自分の毎日で頭がいっぱいだったはずです。私の物語の登場人物になってやる義理など、どこにもありませんでした。
当時の私の女性観は、ほとんどマンガから来ていました。しかも読む順番を間違えていたので、ずいぶん偏った物差しを持っていた。その物差しで生きた人間を測ろうとしたのですから、測れるわけがありません。三十を前にして、その程度でした。
それでも、一番楽しかった夜のことは、今も忘れておりません。
ある晩、あの家に大勢で集まりました。私は恋と酒の両方で早々に酔い潰れ、隣の部屋で横になりました。ところが、どうしても寝られない。
そりゃそうです。襖一枚向こうから、三人の楽しそうな声が聞こえてくるのですから。何を話しているのかまでは分かりません。ただ、時々、笑い声だけが上がる。窓の外では虫が鳴いていました。私はその音を聞きながら、天井を見ていました。
今思えば、あれが私の人生で一番、あの家の輪の中にいた夜でした。同じ部屋にいたわけでもない。話に加わったわけでもない。襖一枚を隔てて、声を聞いていただけ。それで満ち足りていたのですから、私の病気も相当なものです。
その喜びも束の間でした。終わりというのは、本当に突然に来るものですね。
理由は書きません。ただ、あの家で一緒に笑う時間は、ある日を境に無くなりました。
夏が終わって、虫の声が薄くなって、日が短くなって、それだけのことです。真夏に始まって秋には無くなった、たった数ヶ月の話でした。
ただ、一度だけ、続きがありました。
翌年のことです。三人目のあの人が、ふいに私のそばに来ました。そして、あれからのことを話してくれました。
正直に書きます。喉から手が出るほど、思い切り抱きしめたかった。けれど、できませんでした。ここで抱きしめてしまえば、この人が後になって辛い思いをすることになる。それだけは、はっきり分かっていたからです。
だから私は、前を向いたまま、冷たく突き放しました。顔も見ませんでした。
あれで良かったのか、悪かったのか。いまだに答えは出ません。ただ、あの時の寂しそうな顔だけは、一生忘れないと思います。
もしこの文章を読むことがあったなら、あの時のことを謝りたい。それだけは、今も思っています。
あれから何十年も経ちました。
恨みはありません。あの三人は、私に何ひとつ悪いことをしていない。ただ、そこにいてくれただけです。何もしなかったのは、私です。そして、たった一度だけしたことといえば、突き放したことでした。
それなのに、後悔だけが今も消えません。
もっと普通に、あの家の一人として、そこにいればよかった。誰かに勝手な理想を貼り付けたりせず、目の前の人と、目の前の話をしていればよかった。集まりが続いていれば、あの縁も続いたかもしれない。たったそれだけのことが、あの頃の私にはどうしてもできませんでした。
不思議なもので、思い出すと今でも甘い。甘いのに、同じ重さで痛い。
だからこれは「甘い思い出」ではないのだと思います。「甘い想いで」です。甘い想いで、私は一人、勝手に幸せで、勝手に何も差し出さなかった。それだけの話です。
奥様と娘さんは、私のことなど、もう覚えてはいないでしょう。覚えていない方が良い。三人目のあの人だけは、もしかしたら覚えているかもしれません。あんな顔をさせたのは、私ですから。
それでも、三人が今、それぞれの場所で、あの夜の襖の向こうのように笑って過ごしていてくれたら、それで十分です。
なんでそんなことになったのか。いまだに謎です。
それでも、もし今、目の前に誰かがいる人がいるなら、私のようにはしないでください。頭の中で物語を進める前に、その人と話をすることです。夏が終わる前に。
終わった後に残るのは、甘さと、それと同じ重さの後悔だけですから。