マンガと私
まずは五十年以上、今も配達してくれている「佐藤景書店」さんに、感謝の言葉しかありません。
もし配達してくれなかったら、今もこうして漫画好きでいられたかどうか、ほんとに分かりません。
それくらい私にとって漫画は身近なもので、教科書はマンガだと思っているくらい、マンガを読んで物事を覚えてきた。
マンガが人生の教科書だったと言っても、過言ではないだろう。
そんな漫画の中で、今もすぐに脳裏へ浮かぶものを挙げてみます。
釣りといえば「釣りキチ三平」で、矢口高雄。
犬といえば「白い戦士ヤマト」で、高橋よしひろ。
漢といえば「硬派銀次郎」「山崎銀次郎」で、本宮ひろ志。
癒しといえば「SPLASH!」「こもれ陽の下で…」「桜の花 咲くころ」「天使の贈りもの」「エンジェル・ハート」で、北条司。
トランスといえば「F.COMPO」で、同じく北条司。
車といえば「よろしくメカドック」「レストアガレージ251車屋夢次郎」で、次原隆二。
バイクといえば「バリバリ伝説」で、しげの秀一。(作品とは全く関係ない話だが、子供の頃はヒバリヒバリと馬鹿にされた。アッ、今もか)
醸すといえば「もやしもん」で、石川雅之。
カートといえば「capeta」で、曽田正人。
三味線といえば「ましろのおと」で、羅川真里茂。
音楽といえば「BECK」、そして「THE BAND」(2026年8月現在、掲載中)で、ハロルド作石。
社交ダンスといえば「ボールルームへようこそ」(2026年8月現在、休載中)で、竹内友。
そして野球となれば、その多くは水島新司である。
「ドカベン」「野球狂の詩」「ダントツ」「一球さん」「男どアホウ甲子園」「大甲子園」「平成野球草子」「おはようKジロー」「朝子の野球日記」「あぶさん」。
マンガを読まない方には、ただの題名の羅列に見えるかも知れません。
けれど私にとっては、これが本当に時間割なのです。
「釣りキチ三平」の影響で、中学までは暇さえあれば桧木内川に釣りに出かけていました。
それが高一の時、秋田と岩手の県境近く、仙岩峠の茶屋の下にある渓谷へ、渓流釣りに出かけました。
その帰り際に、死ぬかと思う出来事があったのです。
それが原因で柔道の講師に「ヤメレ」と言われ、以来、釣りは一切していません。
犬は読む前から好きで、家でも二、三度飼いました。
今でも飼いたいのですが、散歩で逆に引きずられる羽目になるので飼えません。
中学の頃は、タミヤのトヨタ・セリカXXをメカドック仕様に仕上げたくて、今は亡き玩具屋「ひつじや」に何度通ったことでしょうか。
三十代からはマガジン系を多く読むようになりました。
おかげで、菌を見たこともないのに、発酵の話が少しは分かるようになりました。
柔道の打ち込みはできても、私は踊れません。
それでも、紙の上にあの雰囲気を醸し出してしまう表現力には唸らされます。一度も踊ったことがないのに、社交ダンスの世界を知りたくなるのですから。
そして、音などしないはずのページから、音が聞こえてくる。
少年が直向きに音と向き合う姿は、難聴の私には、ただ羨ましいばかりでした。
そして読み返す度に、小学生の頃、音が嫌で音楽の授業で暴れ、先生や同級生を困らせていた自分が、恥ずかしくなります。
やはりジャンプ系かマガジン系を読んでいた影響でしょうか、並べてみるとこんな顔ぶれになりました。
それでもまだまだ、私のバイブルとなったマンガは数知れません。
面白いのは、この一覧の頭にいる二人です。
矢口高雄は横手、高橋よしひろは東成瀬村。どちらも秋田の山あいの人でした。
秋田の子供だった私が、秋田の人が描いたマンガで、釣りと犬を好きになった。
そのことに気付いたのは、ずっと後になってからです。
実は不思議なもので、私の両親はワラシの頃からモノは買ってくれなかったのに、マンガだけは何一つ文句を言わずに買い与えてくれました。
なぜマンガだけが許されたのか、その理由は今も分かりません。
母親に聞いても「読みたいと言うから買ってやった」と言われるだけです。
何でもかんでもという訳ではありませんが、好きな週刊誌や月刊誌は読むことができた。
はじめは週刊ジャンプが中心でした。
それが突然嫌気がさして週刊をやめ、月刊のジャンプやマガジン、それからジャンプ系・マガジン系の隔月刊を読み漁るようになりました。
特に「週刊少年ジャンプ特別編集」。読切ばかりが載る増刊号ですが、あの中から、今では名を轟かせる漫画家が何人も出ています。
ワンピースの元種も、1996年のサマースペシャルに載った読切でした。北斗の拳の元種も、同じジャンプ系の「フレッシュジャンプ」の読切です。
全部買って読みました。親に邪魔だと言われて処分していなければ、今頃とんでもない値が付いていたはずです。
さて、ここからが本題かも知れません。
先ほどの高橋よしひろは、本宮ひろ志の弟子だそうです。
もっとも当時の私は、高橋よしひろが秋田県人であることも、本宮ひろ志の弟子であることも、知る由がありませんでした。
ただ好きだから読んでいた。好きな漫画に、理由なんか要りませんよね。
ただ本宮ひろ志の漫画は、読む順番を完全に間違えました。
いきなり「硬派銀次郎」「山崎銀次郎」から入ってしまったのです。
男は黙って前を歩き、女はその後ろをついてくるもの。
そういうものだと、疑いもせずに覚えました。
教科書がマンガだと、こういう事故が起きます。
正しい知識を得ないまま、あの頃の私は女の子を泣かすことばかりしていました。
そして、女性との付き合い方を知らない不器用な漢のまま育ちました。
今にして思えば、本宮ひろ志は「俺の空」から読むべきでした。
あれを先に読んでいれば、「愛」というものを先に知ることができた。
そのうえで「硬派銀次郎」「山崎銀次郎」に進めばよかったのです。
順番さえ間違えなければ、あんなに嫌われずに済んだはずなのに。
でも教科書がマンガで良かったと、今でも思っています。
ただ、読む順番までは、誰も教えてくれませんでした。
ところで、皆さんはどうでしょうか。
マンガの影響が強すぎて、うまくいった。あるいは私のように、しくじった。
そんな覚えはありませんか。
それとも今も、何かを探している最中でしょうか。