「お金がない」はセキュリティ対策ではない
先日、海外のフォーラムでこんなやり取りを見かけて、危うくお茶を吹き出すところでした。
> 「なんでまた、何年も前にサポートが終わったバージョンをいまだに使ってるんですか?」
> 「簡単だよ。カネさ。クライアントってのは、一度サイト代を払ったら、動いてるうちは毎年払いたがらないもんなんだ」
しばらく画面を眺めたあと、私は自分の財布を確認しました。うん、空です。ようこそ同じクラブへ、お仲間さん。ただ一つ違うのは、その空っぽの財布を前にして何をするか、です。
お金は平等に配られていません。けれど時間は平等です。金持ちにも貧乏人にも、一日24時間だけは同じように降ってきます。私はお金の代わりに時間を払うことにしました。夜中にドキュメントを読み、テスト環境を百回壊して、百回直す。念のため、おまけにもう一回。かかった費用は、ほぼ睡眠時間だけです。
Joomla 3のサポートは2023年8月に終了しました。これは「賞味期限をちょっと過ぎた」という話ではありません。開封するなら防護服が要るレベルの牛乳です。そして「お金がないから」と開発元にJoomla 3のパッチ継続をお願いするのは、その牛乳パックを握りしめて乳業メーカーに電話し、「この賞味期限、なかったことにできませんか」と頼むようなもの。無理です。誰にもできません。「終了」とは、そういう意味だからです。
そして、私が一番不思議でならないのはここです。そのサイトは、いったい誰のためにあるのですか? 自分の満足のためだけなら――日記でも、実験場でも、趣味の棚でも――結構。自宅の環境で動かせばいい。誰も困りません。でも、わざわざウェブに公開する人の大半は、「一人でも多くの人に見てもらいたい」からそうしているはずです。お客様を招くのなら、床の腐った家でお茶は出さないでしょう。
放置されたJoomla 3のサイトは、一軒残らず「スパマーさん、いらっしゃいませ。厨房は無人です」とネオンが光る食べ放題ビュッフェです。そうして私たちは「Joomlaは評判が悪くて」と嘆くことになるわけです。
EOLからもうすぐ3年。そのうち2年もあれば、Joomla 6への移行は十分に可能でした。問うべきは「お金をどこから持ってくるか」ではありません。「その間、あなたは何をしていたのか」です。
私ですか? 本当に何もできなくなる日が来たら――お金も時間も体力も尽きたら――「カレンダーを止めてくれ」と誰かに頼んだりはしません。サイトを閉じます。静かに、一礼して。それもまた、訪れてくださった方々への礼儀だと思うのです。