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忠告に意味があるのか、分からなくなった

| Alaudae.JP

最初に書いておきます。この記事には結論がありません。

いつもなら、こういう文章は「気をつけましょう」で締めます。今回はそれが書けませんでした。書こうとするたびに、自分で書いた言葉が信じられなくなる。だから、分からなくなった過程をそのまま書きます。

また載っていた

秋田市の男性が、暗号資産で五千万円あまりをだまし取られたという記事を読みました。翌日です。金額の桁が違うだけで、同じような記事が毎週のように地元紙に載ります。

読んだとき、私は最初こう思いました。これは詐欺というより、投資の失敗ではないのかと。

これは間違いでした。投資の失敗というのは、実在する資産を買って、その値が下がることです。この手口では、買った資産が存在しません。相手の指定した先に送った瞬間に金は相手のものになり、画面に出ていた「含み益」はただの数字です。増えても減ってもいない。最初から何も動いていない。

見分ける印は、たいてい引き出そうとした時に出ます。手数料が要る、税金の先払いが要る、口座の凍結を解くために追加の入金が要る。本物の取引所は、出金のために追加の入金を求めません。ここは暗号資産かどうかと関係ありません。同じやり方は昔から、金の延べ棒でも未公開株でもやられてきました。

自分で書いていて、嫌になりました。「投資の失敗ではないか」という感想は、事件が起きるたびに大量に湧く、いちばんありふれた反応です。私はそれを、独自の見方のつもりで書きかけていた。

自分が引っかからない理由を、調べてみた

そこで、自分のことを考えました。

偽の警察官の電話には、たぶん引っかかりません。理由ははっきりしていて、本当に犯人なら警察は電話などしてこないからです。ある日突然、家に来ます。私は職務質問を受けたこともあるし、警察という組織の動き方を多少は知っている。だから電話口で「あなたが犯人ですね」と言われても、そこで話が終わります。

投資詐欺にも、たぶん引っかかりません。投資をしないからです。

ロマンス詐欺にも、たぶん引っかかりません。SNSは使っていますが、知っている人以外と何かを共有する気になれないし、ネットで恋愛をしたいと思わない。相手がどれだけ好意を寄せてきても、断れます。

ここまで書いて、気づきました。これは、判断力の話ではない。

毎回考えて回避しているのではなく、考える場面が来ないだけです。投資という引き出しを持っていないから、投資の話が入ってこない。ネット恋愛という引き出しを持っていないから、そこから入ってこられない。私が安全なのは、賢いからではなく、抱えていないからでした。

これは、この「戸締り部」で何度も書いてきたことと同じ形です。使っていない拡張機能を入れたままにしない。要らない機能を止める。抱えていないものは、破れない。

つまり効く対策というのは、判断を要求しない形をしています。「怪しいと思ったら確認しましょう」は、怪しいと思えなかった人には何も渡していない。

それなら、これで防げるはずだ

判断が要らない、という条件で絞ると、残るものは多くありません。

一つ。かかってきた番号に、かけ直さない。相手が名乗った組織を自分で調べて、自分が見つけた番号にかける。中身の判断は要りません。ただの手順です。

二つ。一晩置く。今日中に決めろと言ってくる相手は、翌日には壊れる話を持っています。これも判断が要りません。

三つ。誰か一人に、声に出して言う。相手に評価してもらう必要すらない。口に出す途中で、自分の耳が気づきます。

そして、たぶんこれが本命です。

「誰にも言わないでください」と言われたら、そこで終わり。

偽の警察官は「捜査上の秘密ですから、ご家族にも話さないでください」と言います。ロマンス詐欺は「二人だけの話にしよう」と言います。投資詐欺は「特別にお教えしているので他言無用で」と言います。手口はまるで違うのに、全部が同じ要求をする。孤立させないと成立しないからです。

これなら、投資の経験もSNSの経験も要りません。中身を一切理解しなくていい。秘密を求められた瞬間に、内容と関係なく止まる。

書いてみて、我ながらよくできていると思いました。

ところが、減らない

これだけのことで確率はほとんど消えるはずなのに、被害は減りません。増えています。

そこで分からなくなりました。

こんな簡単なことが、なぜ伝わらないのか。注意喚起の文章なら、新聞にも、テレビにも、市の広報にも、銀行の壁にも貼ってあります。全部読んだ上で、それでも人は送金しています。「知っていたのに」という証言を何度も見ました。

忠告することに、意味があるのか。すべきことなのか。分からなくなってきました。

私はもう何本か、この場所に詐欺の記事を書いています。書いた翌週にまた同じ事件が載る。書いても載る。書かなくても載る。だったら、何のために書いているのか。

分かったこと、二つだけ

ただ、少し考えて、二つだけ分かったことがあります。

一つ目。「増えている」から「忠告が効いていない」は、導けない。

同じ確率でも、試行回数が十倍になれば被害は十倍出ます。ここ数年で増えたのは不注意な人間ではなく、かける電話の本数、送るメッセージの数、出回る名簿の量、そして国境を越えて金を回収する手段の方です。台本を作るのも訳すのも、以前は人手が要りました。今は要りません。攻撃の単価が下がったから、物量が増えた。

これは、私が先日ここに書いた、サイトの脆弱性の話と同じ構造です。危険度が上がったのではなく、突く側の速度と本数が変わった。人間相手にも、同じことが起きているだけでした。

だから、忠告に効果があっても、総数は増え得る。効いていないことの証明にはならない。

二つ目。成功した忠告は、記事にならない。

思い出して電話を切った人のことは、誰も知りません。おかしいと思って一晩置いた人も、家族に話して止まった人も、新聞には出ません。載るのは失敗だけです。

私が毎日目にしている情報は、初めから片方しか映らないようにできている。手応えのなさは、そこから来ている部分がかなりあるのだと思います。

引き出しの名札

もう一つ、腑に落ちたことがあります。

三つの手順を守れなかった人が、愚かだったのかというと、そうではないと思います。

あの三つは、頭の中の「詐欺」という引き出しに入っています。ところが本人にとって、目の前で起きていることは詐欺ではありません。「警察からの連絡」であり、「親切な人からの相談」です。引き出しの名札が違うから、開かない。知らないのではなく、それが該当すると気づけない。

だから「気をつけましょう」は届かない。中身を判断してからでないと使えないからです。

「秘密にしろと言われたら終わり」だけが届く見込みがあるのは、判断を経由しないからです。相手が何を名乗っていようと、話の中身が何だろうと、その一言が出た時点で止まる。

自分の安全も、たぶん穴だらけだ

ここまで書いて、最後にもう一度、自分に戻ります。

私は投資をしないから投資詐欺に強い。ネット恋愛をしないからロマンス詐欺に強い。ではこれは、私が立派だという話でしょうか。違います。その二つが、たまたま私の生活の外側にあるだけです。

では、生活の内側から来たらどうか。

材料の新しい仕入れ先を名乗るメール。ドメインの更新期限が切れると書かれた請求書。掲載した写真が著作権を侵害しているという通知。使っている拡張機能の開発元を名乗る、緊急のセキュリティ警告。

これらは全部、私が判断せざるを得ない場所に入ってきます。しかも詐欺は、標的の生活に合わせて形を変える商売です。

「自分は騙されない」の中身を開けてみたら、そこにあったのは徳でも知識でもなく、たまたま攻撃の形と自分の生活の形が噛み合っていなかった、という偶然だけでした。私が笑える立場でないことは、はっきりしました。

それでも書く理由

結局、忠告に意味があるのかどうか、私にはまだ分かりません。分からないまま書いています。

ただ、期待するものを変えることにしました。

この文章を読むのは、いま狙われている本人より、その隣にいる人の方が多いはずです。被害を止めているのは、たいてい本人ではなく、窓口の人や家族です。だから、そちらに向けて書けばいい。

もう一つ。この種の被害は、気づいてから止まるまでが本当の勝負です。五千万まで行くのは、途中で「もう引き返せない」と思うからで、そう思わせているのは、騙された自分が恥ずかしいという感情です。

だから、これだけは書いておきます。騙されるのは、恥ずかしいことではありません。あれは、あなたの判断力を測る試験ではありません。判断力が働かない状態を先に作ってから、金の話を出してくる商売です。順番が逆なんです。

「誰でもかかる」と書かれた文章が世の中にあることは、その人が一日早く誰かに話す確率を、たぶん少しだけ上げます。一日早ければ、桁が一つ違う。

被害がゼロになるかどうかで測ったら、私はすぐに書くのをやめると思います。そうではなく、誰か一人が一回、一日早く口に出す。それが上限で、それで十分だと考えることにしました。

分からないまま置いていく道具は、一つだけです。

「誰にも言わないでください」と言われたら、そこで終わり。

それ以外は、本当に、よく分かりません。